第4回目 やっぱりポルシェが呼んでいる!

GooWORLD特集記事 [2016.10.06 UP]

「空冷」と呼ばれるポルシェ

「空冷」と呼ばれるポルシェ

年代物の中古車であるのに高値が付くクルマの筆頭がポルシェ 911の「空冷モデル」。今日911はすべて「水冷」となり、消滅したにもかかわらず、価格高騰で中古車市場を騒がせている。失われない空冷911の魅力を検証してみよう。

文●沢村慎太朗 写真●ポルシェジャパン

孤高の技術が築いた伝説のスポーツモデル

 1990年代の後半にポルシェは長い間使い続けてきた強制空冷の水平対向6気筒エンジンを水冷に転換した。手始めは96年3月に登場したボクスターだったけれど、主戦機911も翌97年9月デビューの「996系」で水冷化された。

 水冷化の理由は今さら言うまでもないだろう。まず何よりも排ガス規制。水冷が当たり前になった現代エンジンの設計では冷却水温を1℃刻みでコントロールして燃焼室の温度を管理する。そのくらい緻密に行わないと排ガス試験をクリアできなくなったのだ。また空冷だと構造上から騒音も大きい。普通はヒーターは冷却水を利用するから、そういう快適性の設えも厄介になる。時代とともにこうした要件のハードルが上がるに従って、空冷を続けることに無理がつのり、90年代に突入してついにポルシェも舵を切ったのだった。

 水冷エンジンしか存在しない現代に育ったひとたちは、そもそもなぜポルシェが空冷だったのか謎だろう。

 911が空冷だった理由。それは前任車の「356」が空冷だったからだ。356は空冷の水平対向4気筒をリヤオーバーハングに積む後輪駆動(RR)の2+2座マシンだった。彼らはそういう設計にするしかなかったのだ。じつは356はVWビートルのエンジンや足まわりを使い、ボディだけ新たに仕立てて作ったクルマだった。第二次大戦に負けたドイツで、ポルシェは設計事務所だけではやっていけないと判断して、自動車づくりに乗り出した。焼け野原となって素材も工作機械も不自由なドイツで採れる方法は、ビートルの部品を流用するしかなかったのである。つまり356が空冷だったのはビートルが空冷だったからだ。

 ビートルが設計された30年代において、空冷は最先端の新技術だった。水で冷やすのでなければ、水路を張り巡らせずに済むからエンジンは小ぶりにできる。水そのものの重さも削れる。ゆえに軽い。RRのビートルにはお尻が軽いことは絶対条件だったのだ。水を使わないことでエンジンの素材をマグネシウムに置き換えて、さらに軽くできた。マグネシウムは特殊な加工でもしないかぎり、水と出会うと燃えてしまうのだ。冬の夜、零下20℃にもなるドイツでは冷却水が凍ってエンジンが壊れるトラブルが頻発していた。まだ不凍液が開発されていなかったからだ。空冷ならその心配もする必要がない。

 そんな空冷4気筒を筆頭に、ビートルの設計は時代の遥か先を行く尖鋭だった。その基本をそっくり受け継いだ356は、戦後でもアドバンテージがあったから立派に通用した。そして60年代に入って356後継車を開発する際、ポルシェはアドバンテージがまだ十分にあると判断して、911の水平対向6気筒を空冷のまま設計したのだった。

 とはいえ見込んだアドバンテージは思ったより少なく、70年代になるとポルシェは水冷エンジンを積む924や928を開発せざるを得なくなる。だが、それでも世の中は911を望み、あらゆる手を使って延命措置を施された空冷水平対向6気筒は何と90年代まで生き永らえた。

 そこまで生存できたからには、そこに理由があって当然。機械を構築する物理化学は理路整然としてシビアであり、思い入れとかノスタルジーの割り込む余地はないのだ。

 幾多の不利があっても911が空冷に固執したわけ。第一にそれはビートルと同じ理由だった。つまり軽いこと。それはお尻が重くなるRRに必須であり、気筒が2つ増えたからにはもっと大事な条件になった。

 また空冷ゆえの構造が、ひとつの延命措置を可能にする場面もあった。基本設計を戦前に遡るポルシェの空冷エンジンは本体構造に大昔の手法を採る。近代の水冷エンジンはクランクが収まる部分とピストンが上下する部分を一体に作ってこれをブロックと呼んでいる。だが、こちらはクランクケースは別体で、そこに筒状のシリンダーケースを1気筒ぶんずつねじ込んでいく。シリンダーケースからはびっしりと薄板のフィンが並んで生えて、それが通風による冷却を助ける(そのフィンが振動するので騒音が出るのだ)。この本体構造の上にヘッドが載ってエンジンが完成する。こういう三部構成だからヘッドだけを水冷化するという方法を959やレース車両で採ることができた。冒頭で書いたように本気で丁寧に冷やさねばならないのは燃焼室だから、シリンダー部は空冷のままヘッドだけ水冷で済んだのだ。

 また、その構造ゆえに排気量をどんどん増やすことが可能になった。もともと水平対向というエンジン形式は必然的に並ぶ気筒同士が離れる設計になってしまう。911の場合、気筒中心どうしの距離は118mmという、6気筒エンジンとしては異例に大きいものだった。これに対して最初の911の2L版はボア径がたったの80mmしかなかった。そんなもったいない設計だったから、後から馬力をもっと出したければ、いくらでもボアを広げて排気量アップすることができた。スペースはたっぷりだし、ほかには手を入れずにシリンダーケースだけ変えればいいのである。こうして911の空冷エンジンは年を追うごとにボアと排気量を拡大し、最終世代の993系のRSでは何と3.8Lにまで達した。最初の倍近い数字である。こんなことは水平対向で、そして空冷でなければ不可能なのである。

 911の空冷6気筒は、根本的な欠点を山ほど持っていた。だが、その裏腹にほかの形式では不可能な利得があった。欠点が時代の強いるハードルに抵触して命脈を断たれるギリギリまで、その利得は911をほかとは比べようもない特異な高性能車として際立たせる原動力だった。

 少しのグレーゾーンや弱点まで嫌味にほじくられ糾弾される世知辛い21世紀。こういうエンジンはもう二度と現われないだろう。それはクルマ好きならば、いちどは体験しておかねばならぬ20世紀の名機である。

PROFILE
沢村慎太朗
●研ぎ澄まされた感性と鋭い観察力、徹底的なメカニズム分析によりクルマを論理的に、そしてときに叙情的に語る自動車ジャーナリスト。

Ferry Porsche
フェリー ポルシェ

フェリー ポルシェ

「フェリー」は愛称で本名はフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェ。ポルシェの創設者フェルディナントの長男で、若くしてからエンジニア、デザイナーとしての才能を発揮、空冷の名車「356」を設計した。

911
911(type 964・type 993)

近年、空冷式911の中古車価格が世界的な高騰を見せるが、その主役となったのが空冷末期となる「964(1989-1993)」と「993(1993-1998)」の2台。964は先代となる930譲りの「ポルシェらしい」カタチながら、大幅改良されたメカで、今日でも十分現役を張れ、最後の空冷となった993には、今後も人気が続くだろう。

空冷式のパワーユニット

911にハイレベルなパフォーマンスをもたらした空冷式のパワーユニットは、軽量小型さでも、大きなインパクトを与えた。

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