世界的ブランドとなっても失われない
今日世界的な名声のもと、人気も販売も絶好調なスポーツカーメーカーのポルシェしかし、ポルシェは最初から自動車メーカーであったわけではなく、近代自動車の父ともいえるフェルディナンド・ポルシェによって生まれたエンジニアリング企業だった強烈なこだわりは息子のフェリー、孫のブッツィと、親子三代にわたって引き継がれるスポーツカー造りに対する確固たる信念と哲学に貫かれたポルシェの足跡を振り返る。
文●沢村慎太朗
傑作モデルを生み出し共に歩んできた半世紀
最初の時代は第二次大戦前。ポルシェは設計を請け負うシンクタンクのような存在だった。それはフェルディナンド・ポルシェ博士に率いられた有能な技術者集団で、彼らはアウトウニオン(今のアウディ)に依頼されてV型16気筒をミドシップに置く革命的な競技用マシンを造ってレースの世界を席巻することになる。そんなポルシェ設計事務所にきた大仕事が、ヒトラー政権からの「国民車を造ってくれ」という依頼だった。
当時KdFと名付けられた空冷フラット4をリヤに積むそのクルマは、戦後に復活してビートルとなって、長きに渡って世界中のユーザーに親しまれ、その設計に込められていた実力を人々に知らしめることになる。
そんな設計事務所が自らクルマを生産する自動車メーカーになるのは戦後のことである。敗戦の混乱のなかでフェルディナンドの息子フェリー・ポルシェは、軍用車として使われていたKdFの部品をかき集めてクルマを試作し設計番号を356とふった。その試作車はフラット4をリヤに積む2+2座のGTで、これがポルシェ初の生産車として世に出ることになる。ちょうど復活したVWがKdFをビートルとして再生産し始めたところ。そのエンジンなどの部品を融通してもらって356の生産は軌道に乗っていく。
またこの部品供与と同時にビートルの設計料がポルシェに払われることになり、出直したばかりの社の財政は一気に安定。一方で356には改良が施されてその性能は凡百のスポーツカー顔負けの高さに達し、世界中の人々の間でポルシェの名は光り輝くことになっていくのである。
こうして迎えた1962年、ポルシェ社は14年ぶりに356をフルチェンジする。その新型車は、RRで2+2座という点では変わらなかったが、エンジンはフラット6を積んでいた。911の誕生であった。

●初代911のフォルムを生み出したのは、創始者の孫に当たるデザイナーのブッツィ・ポルシェ。黎明期のポルシェはポルシェ一族による純然たるファミリー企業だった。
しかし、70年代に入るころに様相が変わる。まずポルシェ一族による持ち株会社がポルシェ社を支配する形になって、一族は直接の経営から身を引く形になった。その直後には石油危機と排ガス規制という波がやってきて空冷エンジンの未来に影が差し、社は911の代わりに水冷エンジンFRの924や928を送り出してこれを主役に据え、未来への生き残りを図るのである。この戦略を推し進めたのが新社長エルンスト・フールマンだった。
このフールマン旗下の第3期はしかし長くは続かなかった。彼は80年代に入ったころに創業一族と衝突して退社。そして代わりに社長に就いたペーター・シュッツは水冷FR両車でなく911を前面に押し立てる戦略を掲げ、4WDを模索するなどの手を打って、この老雄の延命を図った。あらゆる要素後術の粋を投入して911を造り続けるという現在にまで続く彼らの方針は、このときにはっきりと決定したのである。
そして第4期がその今に至るポルシェの現代である。90年代に生産過剰で苦しんでいた社は新社長ヴェンデリン・ヴィーデキングの生産合理化によって救われる。911の水冷化と、それと部材を大幅に共有するボクスターという2モデル体勢を推し進めてV字回復させたのだ。さらに彼はVWと手を組んでSUVのカイエンを造り、これを発展させて4ドア高性能車パナメーラも追加する。
その間にVWとの間で買収バトルがあって、最終的にポルシェはVWの支配下に編入されることになったが、いち自動車メーカーとしての勢いは萎むことなく隆盛で、今年お披露目した新型911でポルシェの名を人々の脳裏にあらためて刻み直そうとしている。
●フェリー・ポルシェが設計したライトスポーツは、細部に至るまで斬新なアイデアに溢れている。販売面でも大成功を記録した356は、ポルシェブランドの神髄ともいえるスポーツモデルの祖だ。
PROFILE
- 沢村慎太朗
- 研ぎ澄まされた感性と鋭い観察力、そして徹底的なメカニズム分析により、クルマを論理的に、ときに叙情的に語る自動車ジャーナリスト。海外に赴き、開発者やデザイナーの取材を行う情熱派でもある。

![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ポルシェの歩み
- 1875 1
- ●フェルディナンド・ポルシェがマッフェルスドルフ(現在のチェコ西部)に生まれる。
- 1900
- ●フェルディナンドがホイールハブエンジンを発明、パリ万国博に出展して注目を集める。
- 1906
- ●フェルディナンドが、若干31才でアウストロ・ダイムラーの技術部長に就任する。
- 1909
- ●長男フェルディナンド・アントン・エルンスト・ポルシェ(フェリー・ポルシェ)誕生。
- 1923
- ●フェルディナンドがダイムラーの取締役に就任。技術部長も兼任し、モデル開発の指揮をとる
- 1931
- ●フェルディナンドは、シュトゥットガルトに自身のエンジニアリング会社、ポルシェKGを設立、大手メーカーの車両開発を行う。
- 1934 2
- ●ポルシェKGが政府から国民車(フォルクスワーゲン)の設計、製造を委託され、1年後に「初代ビートル」のプロトタイプを完成する。
- 1935
- ●フェリー・ポルシェの長男フェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェ(ブッツィ・ポルシェ)誕生。
- 1948 3
- ●フェリー・ポルシェが設計した「ポルシェ 356」が誕生。ポルシェの名を冠する初のモデルとなる。
- 1951
- ●創業者フェルディナンド・ポルシェ逝去。その後のル・マン24時間レースで356SLがクラス優勝。
- 1953
- ●パリショーでデビューしたポルシェ550スパイダーは、その後のレースシーンで活躍。
- 1962
- ●ヴァイザッハの新テストコースが竣工する。
- 1964 4
- ●前年「901」としてデビューした、「ポルシェ 911」の量産が開始される。フェルディナンド・ポルシェの孫にあたるブッツィ・ポルシェが設計した911は、斬新なデザインと高いパフォーマンスで世界に大きな反響を与える。
- 1969
- ●フランクフルトショーで、ミッドシップエンジンのVWポルシェ「914」がデビュー。
- 1970
- ●ル・マン24時間レースで初の総合優勝。翌年も連覇する。
- 1972
- ●監査役員会長フェリー・ポルシェの下、ポルシェKGが公開企業となる。ポルシェのトップエンドモデル「911カレラRS2.7」がデビュー。
- 1974 5
- ●世界的な石油危機のなか、ターボチャージャーを装着する世界初のスポーツカー「911ターボ」がパリ・ショーでデビュー。
- 1975 6
- ●ポルシェ初のFRモデル「924」が発売される。
- 1977 7
- ●911の後継モデルとして考案された「928」は、斬新なテクノロジーとデザイン、そして高級感で新たなスポーツカー像を提案する。
- 1984
- ●ポルシェが製作したターボエンジンがF1を席巻、コンストラクターズタイトルを獲得する。
- 1985 8
- ●スーパーモデル「959」がフランクフルトショーで公開、話題を呼ぶ。
- 1988 9
- ●911がデビューして25周年、4WDシステムを搭載した「911カレラ4」がデビューする。
- 1989
- ●911カレラに革新的なAT「ティプトロニック」を搭載。
- 1993
- ●デトロイトショーで、新型911を世界プレミア。同時に水平対向ミッドシップエンジンを搭載するロードスターのスタディモデル「ボクスター」を出展する。
- 1997 10
- ●史上初の水冷エンジンが搭載された新型911がデビューする。
- 1998 11
- ●フェリー・ポルシェ逝去。その後、ル・マン24時間レースで総合優勝を飾る。
- 2000 12
- ●カーボンファイバーシャシーに10気筒のNAエンジンを搭載する超高性能モデル「カレラGT」が世界初公開される。ライプツィヒの新組立プラントにおいて、多目的スポーツ車(SUV)、ポルシェ・カイエンの製造が始まる。
- 2002
- ●スポーティーなオフロードSUV「カイエン」がデビュー。
- 2005
- ●ボクスターのクーペ版とも言える「ケイマン」がフランクフルトショーでデビュー。
- 2011
- ●新型「911」がデビュー。




























