「新型フィアット500はベーシックじゃなくてプレミアムコンパクトじゃないの?」
たしかにそうだ。ベーシックという名前にふさわしいのは、同じメカを使いながら価格が安いパンダのほうかもしれない。
でもそれは価格で考えた場合。機能で見るとどうか。パンダはジウジアーロ・デザインの旧型がそうだったようにマルチパーパスカー。対する500の旧型はミニマム・トランスポーターとして生まれた。新型はそれに比べればかなり豪華になったけれど、パッケージングはやっぱりミニマム・トランスポーター。機能的にはベーシックなのである。
しかもエンジンは最近1.4Lが追加されたけれど、最初に日本にやってきたのは1.2L。4人乗りのヨーロッパ車としてはパンダとともにいちばん小さい。2ペダルのトランスミッションもトルコンやデュアルクラッチといった高度なメカは使わず、シンプルなクラッチレス5速MTのデュアロジックとしている。外見はずいぶんハイクオリティになったけれど、精神はベーシックに徹しているというわけだ。
だからその走りはパンダも含めて、ヒトとクルマの距離がメチャメチャ近い。パワーが限られているからデュアロジックのレバーをこまめに前後に動かして速さを手に入れようとする。気がつけば人車一体の気持ちよさを堪能している。2300mmのショートホイールベースに約1tの軽量ボディだから、ステアリングを切ると丸い鼻がピコピコ動いて、コーナーの連続を軽快にこなしていける。これまた人車一体の快感。
それでいて快適性能は昔のベーシックカーとは大違い。車体が短いから乗り心地はヒョコヒョコしているけれど、ダイレクトなショックはないし、なによりシートの座り心地のよさが効いている。少し前、この新型500で1000kmランを敢行したときに実感。もちろんエアコンやパワステなどは標準装備だから、21世紀を生きる人間が快適に過ごせる環境はしっかり備わっている。
そしてもうひとつ、忘れちゃいけないことがある。エコであることだ。例の1000kmランのときには、とくにエコランなどしなかったのにリッター17kmをさらっと叩き出した。ほかの雑誌でも「隠れエコカー」として500は登場し、リッター20km近い数字を平然とマークしているのだ。
ガソリン価格が急上昇しているいま、この数字はありがたいし、環境にやさしいことは自慢にさえなる。しかもそれはガマンして手に入れたエコではない。キュートなデザインや楽しい走りと両立している。
ベーシックに徹するだけで、こんなにいい世界がいろいろ見えてくる。昔からこのジャンルが得意で、旧型の500やパンダなど名車をいくつも送り出してきたフィアットは、それをちゃんと知っている。新型500はその経験を生かして、プレミアムな外見とシンプルな中身を融合させてきた。これこそが21世紀のベーシックの理想形。その考えが正しかったからこそ、新型500は世界中で売れまくっているのだ。